医療ジャーナリストが行く「HBOC診療の現場」
【第1回】遺伝子の変化は個性 がん研有明病院

第1回は、専門医と認定遺伝カウンセラーによるチームでの同院での取り組みなどを
植木有紗先生と土橋映仁先生、臨床遺伝医療部のみなさんにお伺いしました。

 生まれ持った体質としての遺伝子の変化が、特定のがんの発生に強く関連している場合があります。その“なりやすさ”は「遺伝性のがん」と呼ばれ、親から子へ受け継がれることがあります。例えば、遺伝性のがんの一つに乳がんや卵巣がんなどになりやすくなるものがあり、「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)」と呼ばれます。遺伝学的検査によって遺伝性のがんであることがわかると、診断されたがんの治療方針の選択や、新たながんの予防、さらに、同じ遺伝子の変化を持っている可能性がある家族の健康管理にもつながり、大きな意味を持ちます。

『遺伝子の変化は個性』

 今回訪問したのは、東京都江東区にある「がん研有明病院」。臨床遺伝医療部が中心となり、病院全体で「Gene Awareness®(ジーン・アウェアネス=遺伝や遺伝子に関心を持つ)」をキーワードに、遺伝子の変化を「良い・悪い」ではなく“個性”として捉え、遺伝情報を活かした治療や予防を推進しています。
 臨床遺伝医療部では、遺伝診療の専門医と認定遺伝カウンセラーがチームとなり、遺伝性のがんや遺伝学的検査に関する診療と相談を行っています。医師2名と認定遺伝カウンセラー3名にお話を伺いました。

寄り添う気持ちで支える遺伝カウンセリング

 チームを率いる部長の植木有紗先生は、産婦人科医として婦人科がんの研究と診療に携わる中で、遺伝性のがんが疑われる患者さんに対応する場面を経験してきたことから、「専門的に取り組みたい」「患者さんのためにできることを模索したい」という思いが強くなったと話します。ちょうどその頃、日本全体でも遺伝学的検査のニーズが高まり、「遺伝性のがんを専門に診られる医師として横断的な役割を果たしたい」という目標を掲げ、この道を進んできたそうです。

遺伝診療の専門医と認定遺伝カウンセラーチームとの対談の様子

 医師の土橋映仁先生は、もともと血液内科が専門で、ゲノム解析の研究に取り組んできました。次第に、臨床で患者さんと向き合う医療にも携わりたいという思いが芽生え、遺伝カウンセリングに関わるようになりました。

 では、遺伝カウンセリングで医師の2人が心がけているのはどのような点なのでしょうか。

植木先生

植木先生
 「私は“一期一会”の気持ちで、毎回の遺伝カウンセリングに臨んでいます。遺伝性のがんのお話は、ご家族の病歴にしても、ご自身のがんの受け止め方にしても、とてもプライベートで繊細な内容です。だからこそ、患者さんに一つひとつお話しいただきながら、少しずつ信頼関係を築いていくプロセスがとても大切だと感じています。もし中途半端な遺伝カウンセリングになってしまうと、次の診療に足が向かなくなるかもしれません。だからこそ“初回”がとても重要で、この時点で『どこまで話して大丈夫か』という距離感や関係性をしっかり築くことを心がけています」

土橋先生

土橋先生
 「受け止められる範囲は、患者さん一人ひとり異なります。ですから、どこまでお伝えしてよいのかを、反応を確かめながら丁寧にお話しするよう心がけています。遺伝学的検査の結果についても、一度にすべてをお伝えすると混乱されてしまう方もいらっしゃいます。患者さんがどこまで理解されているかを確かめながら、段階的にご説明することを大切にしています。穏やかな気持ちでお帰りいただくこと、それが何より大切だと考えています」

 遺伝カウンセラーの3人も、遺伝カウンセリングを受ける方の状況や背景はそれぞれ異なるため、今どんなことを考えているのか、これまでの治療経験をどう感じているのか、ご家族のことをどうとらえているのか――そうしたことを想像しながら耳を傾け、その方のペースに合わせてお話しするようにしていると言います。言葉の端々からは、寄り添う姿勢をいかに大切にしているかが伝わってきました。

遺伝子を知ることが、前に進む力になる ―「Gene Awareness®」に込められた願い

がん研有明病院が提唱・発信している「Gene Awareness®(ジーン・アウェアネス)」という言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか。

植木先生
 「Gene(ジーン=遺伝子)は、生まれながらに持っているものです。だからこそ、みなさんに継続的に意識を向けてもらいたいと思っています。病気に関連した遺伝子の変化を“怖いもの”ととらえるのではなく、情報にもとづいて予防や治療につなげられる前向きなものとして受け止めてほしいのです。遺伝子の変化は特別なものではありません。知ることで次のアクションにつながることを理解していただきたいと思っています」

遺伝カウンセラー 金子 景香さん
 「遺伝子というと“難しそう”“知るのが怖い”と感じる方もいらっしゃいます。でも、遺伝子を調べて治療や予防に活かすことが当たり前の社会になれば、そうした不安は自然と薄れていくはずです。一人ひとりの遺伝子の情報は少しずつ違っていて、みんな違っていて、それが普通なんだ――そんなふうに誰もが思える社会をめざしたいと思っています」

土橋先生
 「研究として取り組んできたことが、この十年ほどで次々と保険診療として実現するようになりました。遺伝学的検査も、日本全国で必要な方が全員受けられ、その結果にもとづいた診断や治療へつながっていく――そのような状況になればと願っています。こうした取り組みが広がっていくことで、患者さんがいま抱えていらっしゃる悩みの解決にもつながるのではないかと感じています。」

 遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)については、2020年から、がんを発症し、条件を満たす人が保険診療の範囲で遺伝学的検査を受けられ、その結果にもとづいてサーベイランスやリスク低減手術といった予防的治療を選択できるようになりました。これにより、経済的な負担を心配せずに検査や治療を検討できるようになり、患者さんの不安を軽減することにもつながっています。
 さらに、2026年6月からは、HBOCと診断された方の一定の条件を満たす近親者(父母・兄弟姉妹・子)についても、乳がん・卵巣がんを発症する前の段階で検査を受けることが一部保険適用として認められることになりました。発症前からの対策や早期発見につながる、大きな前進といえます。

 遺伝カウンセラーとして、遺伝カウンセリングの場でどのように相談者と向き合っていきたいか、その思いをお一人ずつ伺いました。

遺伝カウンセラーチームのみなさん

遺伝カウンセラー 金子 景香さん
「人生という長い時間で見ると、HBOCで不安が大きくなる時期もあれば、逆に“情報を知っていてよかった”と感じられる時期もあって、気持ちや考えは常に一定ではなく、いろいろだと思うのです。だからこそ、“ちょっと相談したい”“少し確認したい”という思いが生まれたときに、いつでも来ていただけるような、オープンな場所でありたいと思っています」

遺伝カウンセラー 幅野 愛理さん
 「診断がついたばかりの方は、HBOCについて十分な理解がないまま、漠然とした不安を抱えていらっしゃることが少なくありません。しかし、一通りご説明をすると、多くの方がほっとされた表情を見せてくださいます。正しい情報をお伝えすることが、その安心につながっていると実感しています。これからも必要としている方に、適切な情報を届け続けていきたいと思っています」

遺伝カウンセラー 久我 亜沙美さん
 「目の前にいらっしゃる方を第一に考えることを心掛けています。人それぞれ状況や背景が異なるので、その方にとって必要な情報を受け止めやすい形でお伝えできるように、コミュニケーションやチーム内外との連携にも力を入れていきたいと思います」

次の安心へつなぐ、遺伝学的診断という道しるべ

植木先生

 最後に、植木先生からメッセージをいただきました。

 「HBOCは日本でも比較的頻度が高いといわれていますが、ご家族の病歴だけでは判断できず、遺伝学的検査を受けてみないと診断はつきません。だからこそ、漠然とした不安を抱えているのであれば、検査を受けることが、その方にとっての正しい“道しるべ”になると考えています。診断がついた後に安心して次のステップへ進めるよう、経験豊富な医師たちがしっかり診療し、次の安心につなげていく――そのために私たちは日々取り組んでいます。

 もちろん、不安があるからといって検査を無理に勧めることはありません。一方で、遺伝学的診断は特別なことではありませんし、検査をしなければリスクが自然に消えるわけでもありません。だからこそ、不安や心配を抱えているそのタイミングで遺伝子に目を向け、向き合っていただくことが、ご自身とご家族全体の健康を守ることにつながると考えています」

 医療面・社会面・心理面のすべてから支えることで、一人ひとりが自分の遺伝子と向き合える環境をととのえ、専門的な診療で次の安心へつなげていく――。遺伝学的診断を前向きに受け止める皆さんのまっすぐな眼差しと明るい笑顔は、がん研有明病院臨床遺伝医療部そのものを象徴しているようでした。

森 まどかさん プロフィール

森まどかさん プロフィール写真

医療・健康・介護を専門とするCS放送局のキャスターを経て、医療ジャーナリストとして独立。報道・情報番組での解説やコメンテーター、Webメディアでの執筆、シンポジウムのファシリテート等に加え、がん啓発に関する医療コンテンツの企画・プロデュースは20年を超える。日本医学ジャーナリスト協会正会員 健康経営エキスパートアドバイザー。

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